石川県に酒蔵を構え、非常に鋭いこだわりを持って日本酒を造る菊姫合資会社さん。
僕がはじめに菊姫さんの名前を耳にしたのは、10年熟成した日本酒『菊理媛(くくりひめ)』について聞いた時でした。日本酒としては珍しい「10年モノ古酒」というカテゴリと、その値段に驚き、いつか飲んでみたい日本酒リスト・トップ5に入っています。
菊姫さんの酒造りに対するこだわりは、彼らのウェブサイトを見れば一目瞭然です。
酒造りや酒米の山田錦に関するコラムがにぎっしりと掲載されていて、とても勉強になります。
さて、今回はそんな菊姫合資会社の福岡さんにメールでお話を伺うことができましたので、教えていただいたことを元にしながら、日本酒『菊姫』の魅力を5つに分けてご紹介していきたいと思います!
1. 『菊姫』を語るのに欠かせない『山田錦』の存在
菊姫は、山田錦の産地のなかでも特に評価が高い特A地域の兵庫県三木市吉川町に「村米」という栽培契約地区を持ち、高品質の山田錦を安定して入手しています。 菊姫の吟醸酒・純米酒には、全て山田錦を100%使用しています
引用:菊姫 菊姫の酒造り
菊姫さんの特徴として、Webサイト上でも今回伺ったお話の中でも、とにかく何度も最高の原料米を使用されているということを強調されている点が挙げられます。
最高の原料米とは、日本一の酒造好適米とされている山田錦。しかも、その中でも上質なお米が採れることで有名な、兵庫県の特A地域吉川町産のものを、吟醸酒・純米酒の全てに100%使用しているのだそうです。贅沢!
山田錦は、酒米としての質の高さから人気が高い一方で、育成が難しく安定供給が難しかったり、値段が高価になってしまうという面もあります。
菊姫さんの場合は、山田錦を生産している吉川町の農家の方々と信頼関係を築くことで、毎年安定した山田錦の供給が受けられているのだそうです。長年、山田錦にこだわった酒造りをしてきたからこそ、今の信頼関係にあるのでしょう。
2. 白山の伏流水を利用した酒造り
白山の恵みである白山の伏流水(地下水)を会社の敷地内にある井戸から汲み出し、そのまま使用します(そのまま使用できるほどきれいな水)。検査機関にての定期的な水質検査、および自社独自の水質検査により常に酒造りに最適な水であることを確認しています
お酒の原材料として、お米とともに欠かせない存在なのが水です。80%が水で出来ている日本酒ですから、水の悪いところでは良いお酒は出来ません。
菊姫さんの場合、他の北陸の銘酒と同じように白山の伏流水を使用して酒造りをしています。
福岡さんによると、菊姫さんでは会社内にひかれている井戸から汲み出した水を、そのまま酒造りに使っているのだそう。白山に降った雨や雪が50年の年月をかけて地中に浸透し、少しずつ澄んでいったのちに汲み上げられんですって。よほど恵まれた水質なんですね!
3. 蔵人の高い技術力
21世紀を目前にし、酒造りも変革の時代を迎えています。日本酒は日本文化の華と言われながら、杜氏の高齢化と後継者不足により、年々蔵元数は減少の一途をたどっています。 こうした時代背景の中、菊姫が新しい時代の酒造りを担うスペシャリスト・酒マイスターの募集を開始(中略)人材育成、それも単なる研究者ではなく、蔵人でもなく、21世紀の新たなタイプの杜氏を育成する
引用:菊姫 菊姫の酒造り
菊姫合資会社の福岡さんにお話を伺った際に、「菊姫の「こだわり」とは「原料米」「設備」それらを使って酒造りをする「人」のことであります」という話が出てきました。
「高い技術力(人)」が、最高品質の山田錦と、設備を活かす事ができるのだそうで、これを言い換えれば、いくら「原料米」と「設備」が良くても、それだけでは良いお酒が造れないということなんです。誰が手掛けるのかも、とても大切。
菊姫さんの場合、約20年も前から「酒マイスター」という制度で、社内に酒造りがわかる蔵人を育てており、杜氏に技術面・ノウハウ面を頼りきりな酒造りからの脱却を図っています。
4. 蔵の設備は、最高の原材料と、高い蔵人の技術力を活かすために設計されている
菊姫ではこれまでの伝統的、職人的な技術の伝承から、自然科学の視点、分析装置を駆使することで、酒の醗酵に科学的なメスを入れ、少しずつ「菊姫の酒造り」を目に見える形で技術としています
ここまでご紹介した「原材料」と「人」に加えて「設備」が菊姫さんの3つめのこだわりポイントだそうです!
設備の中でも僕が注目したのは、菊姫さんのウェブサイトに記載されている「人間工学に基づき特別に設計された」という麹室。「人間工学」なんて言葉を日本酒蔵のウェブサイトで他に見たことがなかったので、これも福岡さんに質問してみました。
質問:職人の手による酒造りをサポートするための最新鋭の設備という貴社の基本姿勢を表しているものとして「人間工学に基づいた麹室」があるように思うのですが、具体的にどのあたりが普通の麹室とは違うのでしょうか?
他所の「麹室」と比べてどうか?というよりは菊姫の麹造りに最適な「麹室」を自分たちで追及しています。 例えば次のような菊姫麹室の表現の仕方があります。
20時間 + 30時間 = 2 × (150㎥ + 150㎥)
- 20時間:「土台のづくり」と「つぼみづくり」の20時間
麹を造り始めて約20時間後、蒸米の表面にはうっすらと白く濁った麹菌の繁殖の様子が見られるようになります。「米」に「花」と書かれる糀(麹の別の書き方で、特に米麹のことを指す。読み方はそのまま「こうじ」)、花にたとえると、この状態は「つぼみ」でしょうか。
麹菌の種は蒸米にくっついた瞬間から、活動を開始し、お米を溶かして潜っていきます。やがて芽を出し、根を出し、白く濁って見えるのは、もうすでにかなり繁殖した状態なのです。
また、畑に種をまく前には、土つくりをし、畝(うね)を立てて十分な準備をするように、蒸米も十分コンディションを整える必要があります。しっかりと根を張る土台ができてこそ、「糀」も立派な花を咲かすことができるのです。
この土台を作りや、約20時間をかけじっくり「つぼみ」を造る過程は、その先の「糀」 = 「麹」の出来を左右するため、それを実現できる環境と場所(麹室)が必要です。
- 30時間:「ふくらませ」・「乾かせ」・「老なせ」の30時間
最近「塩麹」が話題となり、麹にはそれ自身の「甘み」・「旨み」のほかにも、食べ物を分解して「旨味」を引き出す作用があることが広く知られるようになりました。この働きは麹に蓄積された「酵素」と呼ばれるものが担っています。
清酒造りにももちろん不可欠な「酵素」は、お米を溶かし、酵母にアルコールをつくらせ、お米に含まれる「旨味」を引き出します。
麹造り後半の30時間は、蒸米に麹菌を必要かつ十分に繁殖させ(「ふくらませ」)、品温をコントロールし(「乾かせ」)、清酒造りのために適度なバランスをもった「酵素」を蓄積させること(「老なせ」)が最大の目的なのです。
でも、そのための環境は必ずしも麹菌の繁殖(はじめの20時間)に適しません。
従い、麹の様子をじっくり観察しながら、きめ細やかな管理の出来る場所(麹室)も必要なのです。
さて、清酒造り本番、毎日新しい蒸米が麹室の中に入ります。「どうしたら、理想的な環境で麹造りができるだろうか?」と考えました。
その結論は、ひと部屋約150㎥という十分なゆとりをもった 前半20時間用の部屋、後半30時間用の部屋を2組、すなわち2 × (150㎥ + 150㎥)の計4部屋(20時間の部屋と30時間の部屋のセットを、2セット分)を造ることでした。こうすることで、時間とスペースに余裕が生まれ、きめ細やかな管理を可能にする「理想的な環境」をつくることが出来たのです。
麹室へのこだわりを、図にしてみましょう
つまりこういうことですね。
極端な例として、小さい麹室だとこうなってしまうところを、2 × (150㎥ + 150㎥)の麹室にすることで
こうしてしまったということです。
ここまでの設備投資は、どこの蔵にも真似できるわけではないものなんだと思いますが(単純にお金もかかるでしょう)、菊姫さんが、人が働きやすくて原材料を活かしやすい設備の実現に特に本気だということが、このエピソードからわかる気がします!
5. 経験と研究に基づく長期熟成
(日本酒の長期熟成において)大切なことは、酒を長期に熟成させたのち、飲める酒として成立するように、造りを設計することです。造りの設計とは、使用する米、使用酵母、上槽時の酒質、その酒質へ持っていくための操作、技術、設備(造りから貯蔵まで)を総合的に設計したものになります。実際にはこれまでの経験とデータから作り上げていったものです。
冒頭でも触れましたが、僕は『菊理媛』という、10年寝かせた古酒の存在を聞いた時に、はじめて菊姫さんを知りました(実はその後、以前石川県に旅した時に、菊姫を飲んでいたということが発覚しましたが、当時は全然日本酒に詳しくなかったので、すっかり忘れていました(汗)
とにかく、商品が出たらわりとすぐに、フレッシュなうちに飲むほうが一般的である日本酒において、10年ものあいだ熟成させるとどんな味になるんだろう?という興味を、それ以来ずっと持ち続けています。
日本酒って、保存時の管理が悪いと「味がひねる」と言って、作ったばかり・蔵元が意図した味とは違う味になってしまうことも多いのですが、それを10年間も保存した状態でおいしく仕上げるのだから、そこに隠された技術は計り知れません(想像)
最も難しい点というのは造りの設計はほぼ確立したものがあるのですが、それを安定的に確実に再現していくことになるかもしれません。また長期熟成に重要なポイントとしては酒米の王と言われる兵庫県三木市吉川町産「山田錦」の存在が絶対に欠かせません。
福岡さんによると、「安定的に確実に」味を再現することが、菊理媛を造るにあたって1番難しいことなのだそうです。貯蔵する10年間のうち、1週間でもなにか貯蔵場所に異変があれば(特に温度や光によって酒質は変わりやすい)、全部パーになる可能性だってあるわけです。
その管理たるや、相当のものなのでしょう!やっぱりいつか飲みたい!
これぞ菊姫の顔!山廃純米を飲むべし!
菊姫さんの商品の中で「これぞ菊姫だ!」というお酒を、福岡さんに教えていただきました。
「これぞ『菊姫』の顔だ!」という商品と、その魅力を教えて下さい。
「山廃純米」
悠久の歴史の中で、酒造技術も変遷し、多くの技術が生まれ廃れてきました。今では良く目にする「山廃仕込み」ですが、工程が複雑で、難しいこの仕込み技術は廃れかけた時期がありました。
菊姫では、自然の摂理を巧みに利用したこの「山廃」は、先人の知恵と経験の所産、大切な遺産と考えてきました。伝統的で古典的な造りであるが、日本酒本来の旨さを造り出せる方法、菊姫が求める腰の強い、濃醇な酒を造る最適な仕込みと考え、菊姫が「山廃」による純米酒を世に問い、好評を得たことで、再び『山廃』に光が浴びせられたのです。
菊姫は歴史を知ることで、歴史に学びながら、現代の酒造りをしっかりと現代の目線(自然科学)で技を深化させ、未来に伝えていきます。
山廃純米はまさに山廃の中の山廃、the菊姫と言えます。
「山廃」というのは、昔ながらの山廃といわれる製法で作られた日本酒のことです。
詳細の説明はここではしませんが、まさに菊姫さんが描く骨太でグッと濃い日本酒がこの山廃の味の特徴です。菊姫さんに興味を持たれた方は、1度「山廃純米」を試してみてください!
うまさけ編集部後記
菊姫さんが目指しているのは、「濃醇旨口」の酒造りであり、世の中の流行り廃りに左右されない酒だそうです。
福岡さんいわく「気に入っていただけるかどうか、はっきり分かれる酒であるとも言えます」だそうで、ここまで読んでいただいた方の中でも好き嫌いが別れるかもしれません。
でも逆に言えば、誰にでも好かれる日本酒なんてないんじゃないかと、僕は思っています。
あなたが「コレだ!」というマイ・日本酒を見つける過程で菊姫さんのお酒も試してみると、新たな発見があるかもしれませんね!
左:柳 達司社長 / 右:菊姫合資会社本社